千姫の家系図と姫路城での暮らしを調べてみた!大河ドラマ誘致開始!人生のポイントとは

姫路城ゆかりの千姫

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徳川家康の孫にあたる「千姫」は、どのような生涯だったのか、人生のポイントをまとめてみました。

父親が二代将軍の秀忠、母親の江(ごう)は、織田家の血を引く浅井三姉妹という、千姫の家系図は、戦国の天下人とつながります。

また千姫は、姫路城で10年暮らしており、化粧櫓や千姫天満宮など、兵庫県姫路市には、ゆかりの場所が多くあります。

千姫ゆかりの3市(常総市・桑名市・姫路市)が、大河ドラマ「千姫」誘致の会を設立したので、あわせて紹介します。

>千姫の小説「姫君の賦 千姫流流」はこちら

千姫(せんひめ)とは 生まれと生涯

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千姫の肖像画 Wikipediaより

千姫(せんひめ)は、二代将軍となる徳川秀忠の長女として、1597(慶長2)年、伏見城内の徳川屋敷で生まれます。

祖母にあたる市(いち)の、美しい容姿を受け継いだ、たいへん美人の姫君だったといわれています。

千姫は安土桃山時代に生まれ、戦国の動乱に巻き込まれながらも、江戸時代まで生き抜き、70年の長寿を全うします。

千姫の父親は徳川秀忠・母親は江

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徳川秀忠像 Wikipediaより

千姫の両親は、父が二代将軍の徳川秀忠、母が織田家の血を引く、浅井三姉妹の江(ごう)になります。

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千姫の家系図 (徳川家康・豊臣秀吉との相関図)

千姫の家系図
姫路市動画「千姫の一生」より

千姫の家系図を見てみると、豊臣家と徳川家は、織田家の血を引く浅井三姉妹により、つながっているのが分かります。

天下人からみた千姫
  • 織田信長の妹(市)の孫
  • 豊臣秀吉の息子(秀頼)の正妻
  • 徳川家康の孫

豊臣秀頼との結婚から大阪城脱出の激動

豊臣大坂城天守
豊臣大坂城天守 Wikipediaより

人生のポイント・7歳で結婚

豊臣秀吉は、徳川家康の孫である千姫を、息子の秀頼に嫁がせることを、家康に約束させていました。

家康が征夷大将軍に任じられた、1603(慶長8)年、千姫7歳、秀頼11歳で結婚し、大阪城に住むことになります。

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大坂城炎上1663年絵図 Wikipediaより

人生のポイント・19歳で大坂夏の陣

その後、大坂夏の陣が始まり、千姫は大坂城で戦国の動乱に巻き込まれます。

大坂夏の陣とは
1615(慶長20)年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が、大坂城を拠点とする豊臣家を滅ぼした戦い。豊臣秀頼は攻め落とされる大坂城で自害した。

千姫は、祖父である徳川家康の命により、落城する大坂城から救い出され、19歳で江戸へ帰ることになりました。

千姫と本多忠刻の婚礼化粧料とは

千姫の庭


人生のポイント・20歳で再婚

江戸に帰った千姫は、1616(元和2)年、桑名の本多忠刻(ただとき)と再婚し、翌年の本多家移封にともない、姫路城に住むことになります。

千姫が忠刻に嫁いだ際には、将軍家から化粧料10万石が贈られ、その一部を使用して、姫路城に御殿などが建てられました。

秀頼と千姫には子供がいませんでしたが、忠刻とのあいだに、長女の勝姫が、つづいて長男の幸千代が生まれ、千姫は幸せな日々を迎えます。

姫路城の歴代城主

姫路城で千姫が暮らした場所は西の丸


千姫が暮らした場所は、本多家の移封にともない、新しく造られた、姫路城の西の丸です。

現在の西の丸は、庭園になっていますが、当時は御殿が建っており、御殿を囲んでいた百間廊下や化粧櫓が、現在でも残っています。

姫路城の魅力・見どころガイドはこちら

本多家の墓所
忠刻と幸千代の墓がある本多家の墓所 (書写山圓教寺)

人生のポイント・30歳での別れと悲しみ

しかし、千姫の幸せな日々は長く続かず、長男の幸千代が3歳で亡くなります。

1626(寛永3)年には、夫の忠刻、姑の熊姫、実母の江が、相次いで亡くなるなど、不幸が続きます。

その後、千姫は勝姫とともに、10年暮らした姫路城を離れ、再び江戸へ帰ることになります。

晩年は天樹院と号して徳川家光を支える

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徳川家光像 Wikipediaより

人生のポイント・70歳の長寿を全うする

千姫は忠刻らの菩提を弔うため、髪を剃り落として出家、天樹院(てんじゅいん)と号し、江戸城内の屋敷で暮らします。

江戸に帰った千姫は、実弟の三代将軍家光を補佐する一方、鎌倉の東慶寺を再興するなど、将軍家をささえました。

千姫の子供(娘)と孫・子孫

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池田光政像 Wikipediaより

千姫の長女である勝姫は、徳川秀忠の養女として、池田光政のもとに嫁ぎます。

池田光政とは
初代姫路藩主で西国将軍と呼ばれた池田輝政の孫。姫路藩の第三代藩主。

光政と勝姫のあいだには、千姫の孫となる綱政が誕生しました。

光政は鳥取藩主を経て、岡山藩主となり、光政と勝姫の家系が、明治まで岡山藩を治めることになります。

千姫天満宮 全国唯一となる千姫の神社

千姫天満宮


長男の幸千代が亡くなったあと、千姫は姫路城の北西にある男山に、天満宮を創建しました。

神社の社殿は、姫路城から拝礼できるように、東向きに造られており、千姫は西の丸から、男子出生と一族の繁栄を祈願したといわれています。

千姫の神社


千姫が天満宮に奉納した羽子板は、現在でも神社に残っており、神社の絵馬はそれにあやかって、羽子板の形になっています。

姫路城から近い船場川に千姫の銅像

船場川にある千姫の銅像


姫路城の西側を流れる、船場川と中堀の間には「千姫の小径」が整備されており、船場川沿いには、千姫の銅像もあります。

そのほかにも、姫路市内・播磨一円には、千姫とその家族ゆかりの地が、数多く残されています。

大河ドラマを常総市・桑名市・姫路市で誘致

NHK大河ドラマ「千姫」を誘致する会が、2021年10月に設立されました。

誘致の会では、千姫ゆかりの3市(常総市・桑名市・姫路市)が、NHK大河ドラマの実現を目指します。

大河ドラマ「千姫」誘致の会設立について(姫路市)

千姫ゆかりの3市
  • 茨城県常総市:千姫の墓(弘経寺)がある
  • 三重県桑名市:忠刻との出会いと婚姻
  • 兵庫県姫路市:姫路城での暮らし10年

千姫ゆかりの姫路城で着物・振袖の展示


姫路城では、千姫・忠刻の着物を復元して、特別展示する催しが、期間限定で行われています。

大河ドラマ「千姫」誘致で盛り上がるなか、姫路城西の丸で、千姫の暮らしと歴史を、体感してみてはいかがでしょうか。

千姫・忠刻復元着物の特別展示について(姫路市)

>千姫の小説「姫君の賦 千姫流流」を見てみる

姫路城
ブラタモリひめじロケ地マップ
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