姫路の神社「播磨国総社」に行ってみた!【ご利益 歴史】なぜ神様はまとめられたのか

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の総社御門

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兵庫県姫路市にある神社、播磨国総社(射楯兵主神社)に、南鳥居から縁結び通りを歩いて、参拝してみました。

播磨国総社は、姫路の神社のなかでも歴史が古く、お宮参りや七五三、お祭りなどで、年中賑わう神社です。

明治時代の姫路ガイド『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』でも紹介されていたので、付録の地図を使いながら、総社の由緒をたどってみました。

姫路の神社「播磨国総社」の場所

住所:兵庫県姫路市総社本町190

播磨国総社は、姫路城の南東に位置し、姫路駅から徒歩約15分の場所にあります。

播磨国総社の正式名称は、射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)で、播磨地域では「そうしゃ」と濁らない読み方をします。

播磨国総社(射楯兵主神社)の祭神

惣社(射楯兵主神社)は姫路城の旧城内にあり、祭神は大己貴命と五十猛命で、明治維新前までは軍八頭正一位惣社伊和大明神と称し、社領一五〇石があった。

この伊和大神とは大己貴命の別名で、素戔嗚尊の御子に当たり、中国地方・北陸地方などを開拓なさった神である。またの名を兵主明神ともいう。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p46より

記述によって別名になりますが、大己貴命=伊和大神=兵主明神と、五十猛命=射楯六神が、播磨国総社の御祭神です。

御祭神
  • 射楯大神(いたてのおおかみ)
  • 兵主大神(ひょうずのおおかみ)

わが国の三大城の一つに数えられる名高い姫路城は、三〇〇〇年来名前のあるこの姫路丘に築かれたもので、神代にはこの辺り一帯を伊和里と呼んだようである。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p25より

ちなみに、姫路城が建っている、姫路丘の辺り一帯を、神代には伊和里と呼んだようです。

伊和神社

播磨国総社(射楯兵主神社)の由緒と歴史

564(欽明天皇25)年6月11日、飾磨郡伊和里水尾山に創祀したのを、787(延暦6)年6月11日、国衙荘小野江に遷した。

また、射楯六神とは大己貴命の兄神である五十猛命のことであり、神功皇后が朝鮮半島から帰陣なされた時に因達里に創祀されたのを、後に小野江の兵主明神社に合祀して射楯兵主神社と称した。

『延喜式』神名帳に「播磨国飾磨郡射楯兵主神社二座」とあるのはこれである。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p47より

神社の歴史は、兵主の神を水尾山に祀ったのがはじまりで、そこから小野江という場所に移したとあります。

後に、因達里で祀っていた、射楯の神と一緒になって「射楯兵主神社」になったということです。

延喜式神名帳に「射楯兵主神社二座」と記載があり、平安時代には一緒に祀られていたことがわかっています。

延喜式神名帳とは
「延喜式」は平安時代中期の927(延長5)年成立の法制書。このうち巻九・巻十では全国の神社を紹介しており、その部分を「神名帳」と呼んでいる。
文化遺産オンラインより

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の由緒
小野江の場所 (現在の総社の三丁ほど西北)

この小野江は現在の惣社の三丁ほど西北で、因達里は現在の東坂本村あたりであったろうかという気がする。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p47より

一丁は約109mなので、地図の赤丸で囲んだところが小野江の場所とあり、そこは現在でいうと、護国神社の北あたりになります。

また、因達里の場所は、東坂本村あたりとあるので、現在でいうと、書写山東坂参道の麓に推定されています。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の由緒
水尾山 (地図に描かれた箕丘)

また、水尾山は現在の三軒屋村秩父山の旧称で、『播磨風土記』にある「十四丘」の一つである箕丘のことである。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p47より

兵主の神を祀った場所の、水尾山については、読み仮名に「みのお」と書かれていて、箕丘(みのおか)のことだとあります。

水尾山とその付近

船場にある龍野町三丁目から北に行けば、薬師山の連なった丘である小部山の麓を過ぎて、姫路監獄支所の前に出る。その少し北に小さな丘がある。

これこそ『播磨国風土記』にいうところの「箕丘」で、後世水尾山と書いた。すなわち、惣社の神である大己貴命がまつられた元の地である。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p126より

現在では開発により無くなっていますが、明治の地図には赤丸で囲んだ場所に「箕丘 (俗称 秩父山)」と表記した、丘が描かれています。

現在でいうと、姫路市立城西小学校の、南東あたりになりますが、その場所にあった小さな丘が、水尾山だということです。

なぜ神様はまとめられたのか

安徳天皇の御世の1181(養和元)年11月15日、播磨全土の一六八社の神社を合祀して軍八頭正一位惣社伊和大明神と称した。

軍八頭とは、軍事において八百万の神の中でも優れているという意味で、惣社とは、播磨全土の神を統括するとの意味であるという。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p48より

射楯兵主神社は、播磨にあった大小の神社があわせられて、統括するという意味で「総社」と名付けられました。

※公式サイトでは174座の神々を合わせ祀ったとあります。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の歴史
水尾山 → 小野江 → 現在の場所

この惣社が小野江から現在の地に遷ったのは1581(天正9)年のことであるという。

『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』p49より

小野江にあった神社は、秀吉が天守と城郭を整備するのにあわせて、地図に四角で囲んだ、現在の場所に移転したといいます。

現在の総社がある場所は、姫路城中曲輪の内側で、堀に面した南東の角にあたります。

歴史のポイント

564年 水尾山に兵主の神を創祀

787年 小野江に移転

927年頃までには射楯の神を合祀

1181年 播磨全土の174座の神々を合祀

1581年 現在の場所に移転

射楯兵主神社の南鳥居から参拝してみた

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の南鳥居

神社の南にある、国道2号線東行き沿いに「射楯兵主神社」の大きな石柱が見えます。

明治の地図では、この前の国道2号線が中堀になっており、橋が架かっていますが、埋め立てられて道路になっています。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の参道

こちらが、播磨国総社の南鳥居です。神社の本殿まで参道がまっすぐに続いていて、神門が見えます。

この鳥居は、姫路城主榊原忠次が寄進したものだというので、歴史を感じながら、鳥居をくぐりました。

神門前の縁結び通りと芽の輪

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の縁結び通り

この通りは「ひめじ縁結び通り」と命名されていて、神社の新名所になっているみたいです。

51個のハート模様が描かれた、縁結びプレートが、足元に埋め込まれています。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の神門

こちらが、播磨国総社の南にある、神門になります。

魔除けや災難除けを願ってくぐる「茅の輪」は、この神門前に設置されます。

駐車場の付近に車のお祓い所も

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の参拝者駐車場

こちらが、神門の前にある、参拝者の駐車場付近です。

播磨国総社では、交通安全祈願で、車のお祓い(ご祈祷)もしてくれます。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の車お祓い

神社の西側に車祓所があり、鳥居の前に車を停めて、受付で手続きをします。

播磨国総社(射楯兵主神社)の境内地図

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の地図

こちらが、西側から見た、播磨国総社の境内図になります。

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の境内

神門を入ると境内には、手水舎があります。

手水舎の付近に「撫でみみづく」が設置してありました。みみづくは、神社のキャラクターにもなっています。

ご利益(御神徳)

姫路 播磨国総社(射楯兵主神社)の拝殿に参拝

こちらが、神社の拝殿になります。この後ろに本殿、裏手には十二社合殿西播磨総神殿東播磨総神殿があります。

さらに、本殿から奥(東側)のほうには、たくさんの摂末社が、あわせて祀られています。

摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)とは
神社の境内にある小さな社の呼称。本社との由緒が深い神社を摂社、末社はそれ以外のもの。

境内の摂末社には案内板が設置してあり、スマホでQRコードを読み込むと、神様についての説明が見られるようになっています。

ご利益(ご神徳)はそれぞれにあるので、参拝する際には、気になる神様を探しながら、散策してみるのがおすすめです。

播磨国総社に摂末社がある神社

・大阪府大阪市の住吉大社
・兵庫県西宮市の西宮神社
・兵庫県加古川市の日岡神社
・静岡県の秋葉山本宮秋葉神社
・山形県の出羽神社
・兵庫県明石市の柿本神社
・栃木県の日光東照宮
・香川県の金刀比羅宮
・茨城県の鹿島神宮
・三重県の伊勢神宮
・長野県の戸隠神社
・京都府の伏見稲荷大社
・三重県鈴鹿市の椿大神社
・三重県伊勢市の猿田彦神社
・大分県の宇佐神宮
・和歌山県和歌山市の淡嶋神社
・福岡県の太宰府天満宮
・京都府の北野天満宮

境内案内(播磨国総社公式サイト)より

年越し・初詣の定番スポット

播磨国総社は、姫路城(1609年完成)、書写山圓教寺(966年創建)よりずっと昔から、播磨の地に鎮座する、由緒ある神社です。

境内には、摂末社があるので、遠くに行かずとも、姫路にいながら、願いを込めたい神様に参拝できます。

年末年始は、射楯大神・兵主大神の御祭神と、播磨の大小神々を合わせて祀る、播磨国総社に、足を運んでみてはいかがでしょうか。

※本記事は、明治時代の姫路ガイド『現代語訳 沿革考証 姫路名勝誌』を参考に作成しました。

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